About Infiorata
インフィオラータについて

インフィオラータは道路等の路面をキャンバスに見立て、花びらや草木、種等といった自然のものを素材に描く大きな花絵です。その完成度の高さはまるで本物の絵画のように見えます。しかもそれらの作品を創作するのは専門のアーティストではなく、地域の方々です。多くの来場者が見守る中、市民の手で徐々に完成していく花絵の創作シーンは一番の見所です。

弊社はインフィオラータを代表するジェンツァーノ市の支援の下、2001年10月に初めて日本(東京・晴海)でインフィオラータを開催しました。2009年5月、横浜開港150周年記念事業として、インフィオラータで日本大通りを埋め尽くす「日本大通りフラワーアートフェスティバル」をプロデュース。2000名の市民と35万本の花で創作され、3日間の開催で50万人以上の来場者が訪れました。
2012年9月、スペイン・バルセロナで開催されたインフィオラータの世界大会「Ⅳ Congres Internacional d'Art Efimer」では日本代表のアソシエーションとして招かれ、江戸錦絵をモチーフにした作品を創作しました。地元の新聞に大きく掲載されるなど、大きな話題を呼びました。
また2013年5月、イタリア・ノート市より招待を受け、”日本へのオマージュ”をテーマに、ノート市民とともに8枚の作品を創作するとともに、ジャパンイベントをプロデュースし、大成功をおさめました。
現在では他の国からも数々の招待を受け、海外での活躍の場を増やしています。現在まで国内外130ヶ所以上でインフィオラータを実施し、年間100万人以上の来場者を集めるアートイベントへと育て上げました。

*「INFIORATA(インフィオラータ)」は弊社の登録商標です。

 

Origin of Infiorata
インフィオラータの起源

インフィオラータは「コルプス・ドミニ(キリストの聖体の祝日)」のお祭りとして、イタリアやスペイン等、ヨーロッパを中心に世界各国で行われている有名なフラワーフェスティバルです。
その起源は13世紀にまで遡ります。イタリア全土で行われる「コルプス・ドミニ」の行列では、元々花を道に撒く習慣がありました。1625年、サンピエトロ寺院の中で、モザイク風の花のデコレーションをしたことがきっかけとなり、現在のようなデザインが主流となりました。
イタリア・ローマより南約30kmのカステッリロマーニという丘にあるジェンツァーノ市では、1782年、当時の神父ドン・アルカンジェロ・レオフレッディとニコラ・レオフレッディが街の中心のスフォルツァ通りで花びらをデザインした花のカーペットを製作しました。戦後は現在のリピア通りが中心となり、6月の「コルプス・ドミニ」のお祭りには、教会へと続く200mの参道は、美しい花びらの絨毯「インフィオラータ」で彩られます。

 

Making of Infiorata
インフィオラータができるまで

1.花むしり
茎のつい花をむしり、花びらだけを色別に仕分けします。
2.下絵
道路に直接原画を描いたり、原寸大を引き伸ばし、道路上に貼り付けます。
3.制作(花ならべ)
下絵の線状に黒のカラーサンドで土手をつくり、その中に指定された色の花びらやカラーサンド等を敷きつめていきます。
4.完成
インフィオラータの出来上がり。
その美しさに感動です。
 

花歌舞伎

日本独特の描写手法である浮世絵に描かれた役者絵を、花のアート「インフィオラータ」の題材に取り入れた作品は、日本を代表する花絵師”YASU FUJIKAWA”の手により世界各地で創作、大きな話題と称賛を受けています。2014年6月にはバチカン・サンピエトロ寺院前で創作、ローマ法王への謁見とともに、6月29日に行われたバチカン最大のミサにVIP来賓として招かれました。
“YASU FUJIKAWA”はこのアートを『花歌舞伎』と命名。花歌舞伎は日本の伝統文化を現代に甦らせた、最新アートとして世界の評価が高まっています。現在も常に新しい技法とデザインにチャレンジし、世界各国で披露をしています。

《実績》
■スペイン・バルセロナ
■東京駅グランルーフ
■イタリア・ノート
■イタリア・クザーノムトリ
■スペイン・エルケ デ ラ シエラ
■イタリア・バチカン
■イタリア・ジェラーノ
■イタリア・ガラトーネ
■スペイン・ポンテアレアス

 
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